2015年10月20日火曜日

よしっ、みんなで、ガラパゴスを作ろう!!!!


よしっ、みんなで、ガラパゴスを作ろう!!!!

昔、日本の技術がガラパゴスと言われ始めた時、確かにそうだなぁ~と思っていた。正直、自分の家族を謙遜する気持ちのように、日本を低く見る癖がついていたかもしれない。だけど、僕の意識も多少グローバル化してきたのか、「ガラパゴスは、完全なイノベーションだ。」と、最近感じる。ガラパゴスほど、すばらしいことはない。

アメリカで発生する技術も、どう考えても、最初はどこかの小さい街で生まれる。それは、イグアナが生まれた瞬間だと思う。そのイグアナが、どうして万人に認められるようになるかがポイントである。

アップルも、最初は自己満足から始まった。それでいいんだと思う。

Think Pad は、日本IBMの大和研究所が作った。その大元は、イグアナ(初期段階の小型パソコン)で、認知してもらうまでに何度も失敗していた。でも、試行錯誤の繰り返しの中で生まれるevolution (進化)が積み重なり、世界に誇るラップトップになった。日本人が作ったものが、ちゃんとグローバル・スタンダードになっている。

よしっ、みんなで、ガラパゴスを作ろう!!!!

 

 

 

 

2015年8月17日月曜日

日本のプロジェクト・マネージメントと、アメリカのプロジェクト・マネージメントの差

日本のプロジェクト・マネージメントと、アメリカのプロジェクト・マネージメントの差
の話です。そもそも、もともとの考え方が違う。
以下は、一例です。

プロジェクト計画書より大事なものがある。それは、「ゴールの記述(と、その達成)」です。それをアメリカでは、ビジョン・ドキュメントと言います。

プロジェクトって何でしょう?
英語の語源から言うと、何かを前の方に放り投げることをプロジェクトと言います。

だから、予測された売上も projected sales と言われます。
プロジェクターは、画像を前のスクリーンに映し出す(放り投げる)ものです。

ITで言うところのプロジェクトとは、(何かを達成するために、こんな感じでやろうねと)放り投げられたもの案をプロジェクトと言います。
放り投げられたものだから、それがちゃんと予想通りに動くかどうかなんてわかりません。
だから、マネージしなければならないわけですね。

「放り投げられたもの」=「(結構ざっくりとした)計画」な、わけですね。
最近になって、やっと気が付いたのは、日本人は、計画したら、その計画を守らなければいけないと思う。

アメリカ人は、計画したものは、まだまだ、もやもやしているから、守る対象じゃないと思っている。それより大事なことは、「何を達成しなければいけないのか?」というゴールなんです。計画なんて、その都度、方向修正すればいいんです。
このマインドセットの違いは、恐ろしく大きいんです。

だから、アメリカ人にプロジェクト計画書を作れと言っても、出てこない。なぜならば、そんなもん、どうでもいいこと(すぐに姿を変えるもの)だからです。

それより、マネージするために、やらなければいけないことがいくつかある。予算管理、スケジュール管理、スコープ管理、リソース管理、品質管理、その他。
日本人は、それらを全部盛り込んで、プロジェクト計画書を作りたがるんだけど(それで、作って安心する)、アメリカ人から見ると、そのドキュメント化自体は、エネルギーを一番かけるところではないんです。


この考え方の差って、アメリカ人と日本人が一緒にやるプロジェクトでの、最大のギャップなんですよね。

そして、どちら側も気が付かない。

2013年11月1日金曜日

グローバル人材とは、何か?

企業にとってのグローバル人材の定義
⇒グローバルに仕事ができる。(とても曖昧。何すりゃ、いいんだぁ?)


⇒海外でビジネスを組み立てて、立ち上げられる。結局、それだけなんですよっ!


目的は、お金を儲けるため。自分の会社のために!
そのビジネス立ち上げに、どういう人材が必要で、どういう組織構造が必要で、お客様のためになる仕事は何なのかを見極める。
そういうことができるのが、グローバル人材。


でもね、最終的には「現地化」というのが、ビジネスのの終着点なんだよね。
私は、某有名日本企業に勤めていますが、中国への海外赴任が2年、アメリカへの海外赴任が8年です。まずは、アメリカを例としてグローバル人材を考えてみましょう。
グローバル人材が必要とする能力は、「海外で、金が稼げるための礎を作る」能力です。


前提(例):お客様は、アメリカ人
·    1. 当然、会社の人間は、英語(現地の言葉)でお客様と会話しなければならない。(コミュニケーション能力)
·    2. 営業力(相手に対する気配りと、相手を気持ちよくしてあげる能力)
·    3. 企画する力、発想する力(お客様の将来のビジョンをイメージする力とそれを提案する能力)
·    4. 提案したことを実施して、実現する能力


話を簡単にするために、このくらいの項目に、まず限定しておきます。
さて、この4つの能力の記述では、みなさんは、「なぁんだ、英語力以外は、日ごろ行っていることじゃないか?」と思うのではないかと想像します。
そういうことなんです。ただし、みなさんが気が付かないうちに身体にしみ込んでいるものがあります。


それは、お客様が持っている価値観/嗜好、行動基準を理解できるということです。何故なら、相手も日本人、こちらも日本人だからです。
宗教観、道徳観、生まれ育った環境がほぼ同じだからです。
さて、もうお気付きかもしれませんが、グローバル人材に必要なものは、   
1
  (1)  コミュニケーション力(語学力+社交性)
  (2) その国の宗教観の理解、道徳観/価値観の理解、文化/習慣の理解
  (3) 気配りの力
  (4) 提案したものを、実行する力

後は、職種の応じたスキル(+アルファ)が必要なだけです。上記の4つ+アルファです。
(国に依存せずに身に着けられるスキル)+アルファ
ということです。
 
グローバル人材は、日本の企業がっやりたいことを立ち上げられる日本人のことを言います。立ち上げたら、どんどん現地化すべし。アメリカだったら、アメリカ人に任せる。中国だったら中国人に任せる。
 
お客様の心を完全にとらえられるのは、同じ言語を同じレベルで話せる人間がベストです。
日本人の出る幕は、もうありません。
さっさと次の開拓(違う国の開拓)に行きましょう!

2013年8月28日水曜日

標準化という罠…標準化なんて考えるのは止めよう!

標準化という罠

私は、IT業界に勤めて長いが、「標準化」という言葉が、ずっと美しいもののように錯覚して生きてきた。

標準化という言葉は、とどのつまり「凡人化」ということに過ぎない。「帯に短し、たすきに長し」的な成果を生み出し、しかも生産性を著しく落とす。

そもそも標準化を求めること自体、時間の無駄だということに多くの人間は気が付かない。

標準化というものは、つまらないものしか生み出さない。

できあがったものが、つまらないものでもいい場合には、標準化は、とても有効な方法になる。

標準化の活動をしている人たちの多くは、途中で、息切れして疲れて目標を見失い、活動を止めてしまい、結局、標準化はできずじまいに終わる。

標準化は、自然に逆行しているからそうなることを、そろそろ、みんな認識するべきだと思う。

2013年3月13日水曜日

アメリカ人に日本流経営スタイルを教えることは可能なのだろうか?


日本人の仕事の仕方は、構造化から入る。

全体のビジョン(やりたいことの最終の姿)があり、全体像をまず捕らえる。それを実現するためには、どうしたらいいのかを組み立てる(家を作るのであれば、土台をどうする、柱をどうする、屋根をどうするかなどを考える。)

そこまでできれば、作り上げるためのアプローチが決まり、コストが決まり、段取りが決まる。

僕は仕事柄、日本人が、日本流のやり方をアメリカ(もしくは、中国、韓国)に適用しようとして、失敗していく光景を何度か見ている。

失敗例で一番多いのは、相手の企業の収益を作り出しているものが何かを特定せず、単純に、この米国企業A社は、日本企業X社と似ている。だからX社の成功体験をA社に適応すれば、もっと収益が上がるはず。と勇んでやってくる場合(私がアメリカ在住なので、アメリカへやってくるという表現になっています。)。

実は、A社の事業は、よ~く見たら、三つの事業からなっている。仮に、事業①、事業②、事業③としましょう。

日本企業X社と似ているのは、事業③の部分だけ。

それを日本から来ている人たちは、気が付いていない。「群盲象を撫づ。」というやつです。

実は、A社の収益を創出してるのは、事業①と②.

A社のアメリカ人経営陣は、当然ながら、①と②にしか目が行っていない。

「日本人が、③を直してくれるなら、まぁ、直してもらおうか。でも、そこは、優先順位3位の事業なんだけどなぁ。③は、労働集約的で、たくさんの人を巻き込まなければならないし、努力が大きい割には、利益が少ないんだよなぁ。何で、そこに一生懸命にならなくちゃいけないんだろう?」とアメリカ人は、思っている。

買収かなんかで、X社がA社の親会社になってしまったりした場合、子会社のアメリカ人は口をつぐんでしまう。上の人間に文句を言おうものなら、即刻、首にされてしまうからだ。

結局、日本人は、頑張った結果があまり大きな果実に結びつかなくても、過去の成功体験でがむしゃらに頑張ってしまう。サービス残業をがんがんやって支えられていた収益構造を、知らず知らずのうちにアメリカ人に押し付けてしまっている。

日本人のものさしで考えて、良いものでも、アメリカ人のものさしで計ると、何の価値もないものであることも多い。

日本のものさしで、物を見ていると、大体の場合、アメリカ人が馬鹿に見えてくる。

でも、決してそんなことはない。

アメリカ人が馬鹿に見えたときには、自分のものさしが狂っていることに早く気がつかないと、努力が水の泡に帰するし、不毛な努力なのかもしれないと、気がつかなければならない。

まぁ、これがGlobal(グローバル:地球的)な人材になるための第一歩ですね。

哲学の「哲」って、どういう意味?

哲学の「哲」って、どういう意味?ふと疑問に…
「哲」って、「聡明」とか「智慧がある」という意味なんですね。漢字っていうのが難しすぎて、哲学という概念を理解するのに、すごい障壁になってるように感じる。
英語の、Philosophyは、Sophia(智慧)をPhilo(愛する)することなので、恐らく英語をしゃべる人は、その意味を直感的にわかってしまっている。
この差は、とてつもなく大きい。

僕が長い間、哲学ってなんだろうって、よくわからなかった理由がここにある。あぁ、悲しい日本人。

2013年2月8日金曜日

究極の整理整頓術

整理整頓って何がうれしくってやるんだろう?

片付けた後の綺麗な状態が心地いいのかな?もちろんお客様が来るときには、その人の印象をよくするために、部屋を綺麗にする。つまり見栄が、整理整頓のドライバーになる。

昔、先輩に「机を綺麗にして生産性を上げろ。」と言われた。本当にそんなことで生産性が上がるのか?片付けると片付けたものを探さなければならない。探す行為が、僕の生産性を著しく下げる。紙などは、薄っぺらい物だから、そんなもの他の紙に紛れたら探し出すのは不可能。

しまうときには、カテゴリー別に名前を付けてハンギング・フォルダーに入れるのが、効率がいいという人がいるが、本当か?片付けたものをどのくらいの頻度で見るのか?
僕は、ゼロ。

最近は、コンピュータでスキャンできる技術が発達している。つまり、紙のドキュメントは、すべて捨ててしまっても構わない。日本人は、メモをよく取る。これもまた、どのくらいの頻度で見返すのか?

僕の場合、見返すのは一回だけ。しかも重要人物と話して、とてもためになることを言われたときだけ。だったら、過去のノートなんて、どんどん捨てればいい。

捨てるときに、「あっ、この情報、大事だな。」と思うことがよくある。で、またしまっておく。
でっ、いつ読み返すんだっけ?
僕の場合、読み返さない。
じゃぁ、最初からゴミじゃん。
ということで、僕の整理法がやっと確立した。

明日、オフィスですべてのものを、何も考えずに捨てよう。
後で、あの資料が欲しいと思ったら、知恵を振り絞ってもう一回作ればいい。